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旧日光街道・越ヶ谷宿
旧日光街道・越ヶ谷宿を考える会
〒343-0023
越谷市東越谷4-28-22 欅組内
koshigaya.posttown@gmail.com

小泉家

基本情報

名称小泉家
住所表記越谷市中町10-5
所在地
年代土蔵:明治8(1875)年頃 
店舗・主屋部:明治32(1899)年頃
構造土蔵:木造土蔵造2階建、瓦葺
店舗・主屋部:土蔵造2階建、瓦葺

歴史

漆器から呉服へ

小泉家は、越ヶ谷宿の旧日光街道沿いに位置し、屋号を「塗師市(ぬしいち)」といい,「塗師」が示す通り、もともとは漆器商として始まりました。

呉服販売

幕末の慶応年間からは、呉服(着物)・白生地の販売も手がけるようになりました。明治32年の越ヶ谷町大火の際には、当時の当主である小泉市右衛門は呉服商を営む傍ら、消防頭も務めていたと記録されています。

国学者・平田篤胤との深い関わり

小泉家は、江戸時代後期の高名な国学者、平田篤胤(ひらた あつたね)を物心両面で支えた「越ヶ谷門人」の一家として知られています。

  • 学問への援助: 小泉家は、越ヶ谷宿の他の門人(山崎家など)と共に、篤胤の衣類の世話や米の仕送りなど、生活全般の援助を行っていました。
  • 仲人役: 平田篤胤が三番目の妻である「お里瀬」を迎える際、小泉市右衛門が媒妁人(仲人)を務めました。(文政元年12月)

地域活動と「倣世倶楽部」

大正時代には、地域の有力者として政治・文化活動にも積極的に関わっていました。

  • 政治的活動: 大正2年、地域の有志によって結成された政治結社「倣世倶楽部(けいせいくらぶ)」の懇親会に、小泉市右衛門が地域の有力者の一人として出席しています。