
基本情報
| 名称 | 旧大野家住宅 |
|---|---|
| 住所表記 | 越谷市越ヶ谷本町8-8 |
| 所在地 | 埼玉県越谷市越ヶ谷本町4552-1 |
| 年代 | 主屋 明治38年(1905)前後 土蔵 明治16~30(1883~1897)年頃 |
| 構造 | 主屋 “木造2階建、瓦葺、建築面積162㎡ 土蔵 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積36㎡、渡廊下付 |
| 文化財種類 | 国登録有形文化財 |
| 登録年月日 | 2019年3月29日 |
歴史
材木商の分家として
はかり屋は、明治35年頃に材木屋さんの分家の店舗兼住宅として建てられました。
本家が材木商だけあって、お座敷などには銘木が惜しげもなく使われており、建築当時の贅沢な造りを今に伝えています。
材木を扱う商家ならではの目利きと、職人たちの高い技術が結集した建物は、明治期の商家建築の特徴をよく残す貴重な文化財として、国の登録有形文化財に指定されています。
時代とともに変化する用途
はかり屋という名前が示すように、この建物は時代の変遷とともに、その用途を変えてきました。
当初の材木商の分家から始まり、「肥料店」として農業を支え、次に「はかり屋」として計量器を扱う商売を営むなど、その時代その時代に必要とされる役割を果たしてきました。
この変遷は、単なる建物の歴史ではなく、越ヶ谷宿の商業の歴史そのものでもあります。
宿場町として栄えた江戸時代から、明治、大正、昭和へと時代が移り変わる中で、地域の人々の暮らしを支え続けてきた建物なのです。

新たな時代へ – 宿場町活性化の拠点として
現在、はかり屋は若手の店子さん達が各々の分野のお店を展開する、複合商業施設として新たな命を吹き込まれています。カフェ、レストラン、雑貨店、ギャラリーなど、個性豊かな店舗が軒を連ね、「守る」だけでなく「活かす」ことで、宿場町活性化の拠点として重要な役割を担っています。
歴史的な建物でありながら、現代の生活に溶け込み、地域の人々や観光客が集う場所として生まれ変わったはかり屋は、文化財の新しい活用のあり方を示す好例となっています。

見どころ
はかり屋は現在の越ヶ谷宿の中で同一敷地内に複数の歴史的建造物が活用されている数少ない建物群です。
街道沿いの店蔵から座敷、縁側、渡り廊下、内蔵(座敷蔵)、納屋と建物が連結されています。この連結によって外に出ることなく、建物内を移動する事が可能でした。
このように敷地の奥に向かって建物を配置する、いわゆる「鰻の寝床」と呼ばれる間口が狭く奥行きが深い配置手法は、日本の都市部を中心に見られる町家や商家の配置形式です。
江戸初期頃に間口を基準とした課税負担が一般化した事で、越ヶ谷宿の建物もこの配置形式で建てられるようになったと考えられます。

はかり屋の場合、建物の南側に通り庭(路地)があり、外からもそれぞれの建物にアクセスが出来る特徴があり、南側からの採光や通風も十分に確保しています。間口を広げることで税金が増える時代に通路を確保した事は大変贅沢な事であり、当時の財力の高さを示しています。
南側との境の黒塀が1.8m以上と高く、外界と遮断されていることも相まって、街道からの暖簾を潜ると、まるで当時の宿場町にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。
2018年に複合施設に再生されましたが、現代的な修繕を行わず、当時(明治後期)の材料や工法がそのまま再現されています。
建築だけではなく、通り庭(路地)に敷き詰められた御影石(みかげいし)の床石や中庭の床に再利用されている屋根瓦も当時からここで使われていたものを再利用しています。
中庭の手水鉢(ちょうずばち)や立派な柘榴(ザクロ)や一位(イチイ)の木も見どころです。
四季折々の植栽が楽しめ、建物の中にいながら自然を感じることができる、贅沢な造りとなっています。


座売り形式の店蔵
正面の太い欅の大黒柱と手前の恵比寿柱に支えられた空間が象徴的な店蔵は、江戸時代からの座売り形式(店主と客が小上がりに座り対面で取引する方法)の形がそのまま残されています。

三重の建具が守る防犯の知恵
道路からアプローチすると、建物の前には前庭があり、敷居を跨ぐと外土間、もう一つ敷居を跨ぐと内土間(室内)に入ります。室内に入る為に外と内の間に外土間という中間ゾーンを設けているところに特徴があります。
道路側の開口部は一番外側に格子戸、手前にガラス戸が入っており、一番内側に上げ戸と呼ばれる現代でいうシャッターのような堅牢な建具が備え付けられています。この上げ戸は二階部分に収納される仕組みになっています。雨戸の機能ではなく、防犯の機能と考えられています。

銘木を使用した中座敷・奥座敷・外廊下
材木商の分家らしく、中座敷、奥座敷、そして内蔵へと続く外廊下には銘木が惜しげもなく使われています。柱の多くは栂(つが)の四方柾(しほうまさ 柱の4面が全て柾目)、天井板には霧島杉や屋久杉と思われる特徴のある杢目の板が使用されています。床柱、床板、違棚、欄間にも欅や楓や松などの銘木板が惜しげもなく使用されており、杢目の美しさや木の質感を存分に楽しむことができます。奥座敷の方が中座敷よりも一段高級な材料を使用しているのも見どころです。現代では入手困難な木材も多く、越谷市に現存する木造建築として大変貴重な資料となっています。

外廊下の奥に鎮座する内蔵
座敷の外廊下を奥へ進むと、巨大な黒い防火戸が現れます。これがはかり屋で最も古い建物といわれる内蔵です。建築当時は現在の位置ではなく、日光街道沿いに横向きに建っており、屋根には大きな店看板を載せていた形跡も残っていました。太い檜の通し柱と欅の梁に支えられた豪華な土蔵で、かつて一階には畳が敷き詰められており、倉庫としてだけでなくお座敷としても利用されていた座敷蔵でした。当時の畳の下に敷いてあった荒床(あらゆか)をそのまま床材として再利用しており、よく見ると、当時の材木屋の名前が印刷されているのが伺えます。