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旧日光街道・越ヶ谷宿
旧日光街道・越ヶ谷宿を考える会
〒343-0023
越谷市東越谷4-28-22 欅組内
koshigaya.posttown@gmail.com

木下半助商店

基本情報

名称木下半助商店
住所表記越谷市中町7-20
所在地埼玉県越谷市中町4675
年代店舗及び土蔵:明治後期から大正期(1898~1912年頃)
石蔵:明治42(1909)年
主屋:大正6(1917)年頃
稲荷:社大正6(1917)年頃
構造主屋:木造2階建、瓦葺、建築面積162㎡
土蔵:木造土蔵造2階建、瓦葺、建築面積36㎡、渡廊下付
文化財種類国登録有形文化財
登録年月日2015年11月17日

歴史

江戸時代から続く金物商

木下半助商店は、江戸時代から越ヶ谷宿で金物商を営んできた老舗です。
扱い品目が多い金物店の特性上、商品を保管する蔵が店奥に連なる構造となっており、その商家としての構えが現在も当時のまま残っています。

明治の大火と再建

現在の店舗及び土蔵は、明治32年の大火後に再建されたものです。明治期の越ヶ谷には大きな火災が繰り返し起き、多くの商家が焼失しました。木下半助商店もその被害を受け、明治31年〜45年(1898〜1912年)頃に現在の店舗と土蔵を建て直しました。

見どころ

建物は非公開である為、内部の様子を伺うことは出来ませんが、南側の道路から見える長い建物群をご覧ください。越ヶ谷宿内に残る歴史的建造物は十五軒程となっていますが、七棟の建物がひとつも壊される事なく連続している姿は圧巻です。またそれぞれの建物が全く違うデザインであったり、精度が違うところも時代背景や当時の経済状況をよく反映しています。建物と黒塀の間には通り土間(通路)があります。その通路にはかつて商品運搬用のトロッコが走っていました。今でもトロッコ用の線路が敷設されています。蔵に入らない大きな藍染用の鉄釜なども通路に置かれています。

店舗及び土蔵 ―「座売り」の空間

店舗部分は明治32年の大火で焼失してしまい、すぐに復旧する為に材料などにも拘らない仮設的な造りとなっています。低床のミセの道路側に土間を通し、正面には摺揚戸(すりあげど)を残す構造です。客が框に腰掛けて対面で商談する「座売り」の空間がそのまま残っており、かつての商いの姿をありありと想像させてくれます。店舗の二階部分にも在庫を収納しておく納戸があります。店舗背後に接続する土蔵は二階建で、外壁を銅板張とした防火性の高い造りです。明治期の越ヶ谷における商店の面影をよく伝える建物です。

石蔵 ―房州石が織りなす異彩

店舗及び土蔵の南隣に建つ石蔵は、明治42年(1909年)建築の商品蔵です。主構造は木造二階建てながら、外壁に「房州石(ぼうしゅういし)」を積み、石目を意匠的に表して石造風に見せるという、手の込んだ仕上げが施されています。通路に面する東面の鉄扉には掛子塗戸形状が採用されており、防火性向上への工夫が見られます。

主屋 ―大正の粋を凝らした和風建築

敷地奥に建つ主屋は、寄棟造桟瓦葺きの木造二階建てで、二階窓に庇を廻らせた瀟洒な外観が特徴です。内部は上下階とも二室構成で縁を設け、丸太桁を通す。床廻りや透彫欄間には和洋の銘木が惜しみなく使われており、付書院の欄間を飾る組子細工や襖の引手に使用されている七宝焼の引手は特徴的で当時の職人の技の高さを今に伝えます。

稲荷社 ―商家の守り神

敷地内に設けられた稲荷社も国登録有形文化財に含まれています。七棟の建物の中で最も手の込んだ繊細な建築です。稲荷社を取り囲む木塀は上部が無双窓(風を通す為に開け閉めができる窓)になっており、敷地内の通風にも配慮がなされています。商家の守り神として大切にされてきた事が垣間見えます。稲荷社が、建物群とともに登録対象となっているのは越ヶ谷宿でも珍しく、商家としての木下半助商店の繁栄と信仰を物語る存在です。