
旧日光街道越ヶ谷宿 古民家ガイドマップ
日本橋から3番目の宿場町・越ヶ谷宿に残る、江戸・明治・大正・昭和の建物を巡る歴史散策マップです。
一部の建物にはQRコード付きのガイド看板を設置しています。スマートフォンで読み取ると、それぞれの建物の歴史や見どころを詳しく紹介したページをご覧いただけます。

- 八幡神社・・・越ヶ谷宿新町の鎮守
- 植木屋人形店・・・江戸・十軒店(じゅっけんだな)で修業
会春人形店・・・永年、人形製作に従事、三代前から現在の名前で人形店へ - CAFE803・・・白鳥家の店舗を改装、地域のコミュニティカフェ
- 有瀧家・・・アリタキ植物園を市に寄付。赤山街道が通る。黒塀が有名
- 久伊豆神社・・・元荒川右岸の神社 *吾妻鑑所載
*本殿周辺・三ノ宮卯之助力石 50 貫 *平田篤胤・天の岩戸の絵馬 ・篤胤遺徳の碑
*越谷吾山・句碑 ・日本初めての方言辞典『物類称呼』編纂 - 天嶽寺・・・徳川家康より15石の寺領を与えられる。越ヶ谷宿の住人は当寺の檀家とされたと言われている
- 浅間神社・・・境内のケヤキは樹齢6百年で市指定天然記念物
- 市神社・・・本町の鎮守で二と七の付く日に「六斎市」が立った
- 稲荷家・・・うなぎ・天ぷら屋。料亭の風情あり
- 岡埜製菓店・・・季節の和菓子が売り。冬から春はくわい饅頭が人気
- 建長板碑・・・鎌倉時代 供養塔 建長元年(1249年)建立
- 越ヶ谷御殿・・・家康の愛した御殿 明暦の大火で江戸城焼失の補完として移転
- 大沢橋・・・これより北は大沢。最初は越ヶ谷宿と大沢宿は合い宿
- 香取神社・・・大沢の総鎮守。慶応二年(1866)建立の奥殿には紺屋の作業風景が精巧に彫刻されている。越ヶ谷は染物業が盛んであった
国登録有形文化財(4箇所)
2025年に油長内蔵が加わり、越ヶ谷宿には現在4つの国登録有形文化財があります。
木下半助商店
木下半助商店は、越ヶ谷宿の中ほど・中町に位置する、江戸時代から続く金物商店です。
日光街道から短冊形の敷地に店舗・四棟の蔵・主屋・稲荷社が連なる商家の構えを今に伝えています。店舗及び土蔵・石蔵・主屋・稲荷社の四棟がそれぞれ国登録有形文化財に登録(越谷市第一号)されており、一つの商家の建物群がまとめて登録されている点も、越ヶ谷宿の中で唯一特筆すべき存在です。

はかり屋
旧日光街道沿いに建つ、かつての商家建築です。
肥料店として始まり、後に秤を扱ったことから「はかり屋」と呼ばれ親しまれてきました。
明治期の店蔵、座敷、内蔵が残る、越ヶ谷宿の面影を今に伝える建物です。
明治から平成へと時代を受け継ぎながら、自然発生的に成長し続けるはかり屋の魅力を是非感じていただければ幸いです。

糀屋蔵
越ヶ谷宿の味噌醸造商家・都築家が醸造業の最盛期だった昭和初期(推定)に建てた蔵です。
一見ふつうの土蔵のようですが、伝統的な外観の内側は埼玉県内でも初期の部類に入る鉄筋コンクリート造という、当時最先端の技術を取り入れた珍しい建物です。
南面に備えられたダイヤル錠付きの鉄扉など、金庫さながらの堅牢な造りも見どころのひとつです。

油長内蔵
油長内蔵(旧山﨑家住宅内蔵)は、江戸時代末期から続く貴重な建築遺産です。
菜種を江戸に出荷していたことに由来する「油長」という屋号を持ち、幕末の国学者・平田篤胤が滞在したと伝わる山﨑家の内蔵として建てられ、曳家という伝統技術により移築され、改修を経て「まち蔵」として生まれ変わったこの建物は、越ヶ谷宿の文化財保存と活用の新しいモデルとして先駆けとなった建物です。

その他歴史的建造物
八百喜参ノ蔵
白鳥家(八百喜)は、旧日光街道の宿場町である 越ヶ谷宿 において江戸時代から広く商いを営んできた旧家です。日光街道沿いから数えて三番目の蔵が「八百喜参ノ蔵」です。土蔵造りを基調としながら外壁に洗い出し技法を用いる点に特色があり、近代的意匠を備える建築として評価されています。

鍛治忠
鍛治忠は、越ヶ谷宿で鍛冶業を営んでいた商家で、宿場町の生活と街道機能を支えた実務系商家の一つです。宿場町において鍛冶屋は、地域住民だけでなく街道を行き交う人々にとっても不可欠な存在でした。

小泉家
屋号「塗師市(ぬしいち)」を持つ小泉家は、漆器商として始まり、幕末の慶応年間から呉服・白生地の販売も手がけた老舗商家です。江戸時代後期の国学者・平田篤胤の仲人を務めるなど、篤胤を物心両面で支えた家としても知られています。北側の煉瓦造りの塀や千本格子の戸が、宿場町の面影を今に伝えています。

旧横田診療所
旧横田診療所は、越ヶ谷宿の旧日光街道沿いに残る唯一の洋風建築として知られています。木造の南京下見板張り二階建てで、昭和10年に建てられた建物です。
外壁の色やフォルムが街並みの中で目を引き、散策の名所の一つとして紹介されています

登録文化財の要件の一つに「建築後50年を経過していること」があり、越谷市内にはこの条件を満たす建築物が、まだ数多く存在すると考えられます。
地域の歴史や暮らしの記憶を今に伝える建物が、文化財として評価され守られていくことは、市民にとって大きな誇りです。
今後、登録文化財がさらに増えていくことが期待されます。